ニクラス・ルーマンは、「社会とはコミュニケーションの生成・連鎖のことである」という革新的な社会理論を構築した。ルーマンの社会システム理論がもたらした最大の貢献は、「コミュニケーション」の観点から社会を捉えるという視点の転換にある。ルーマンは、社会システムの要素は「コミュニケーション」であると捉えた。この捉え方は、社会の要素を「主体」もしくはその「行為」であるとする従来の社会理論と全く異なる視点であるといえる。
ルーマンの社会システム理論の魅力は、(1)社会という事態がいかにして可能なのかを根本から問い、(2)社会のミクロからマクロまでをつなぐ一貫した理論体系をつくり、(3)社会における物事の境界線の引き方を厳密に突き詰めた、という点にあると私は考えている。まだ社会システム理論の中身を説明していないので、抽象的な話になってしまうが、今回は、この三つの魅力について語ることにしたい。
(1)社会という事態はいかにして可能かという問い
ルーマンの社会システム理論の一つ目の魅力は、社会という事態はいかにして可能なのかという根本問題に迫っているという点である。ルーマンが社会の要素だという「コミュニケーション」は、そもそも一瞬で終わってしまう「出来事」である。そのため、社会が成り立つためには、コミュニケーションは絶えず生み出される必要がある。そこで、ルーマンの社会システム理論では、コミュニケーションが次々と生成・連鎖していくことが不可欠となり、それに伴い、社会は時々刻々と生まれ変わっていくものだとして描かれる。
このような捉え方は、社会を「実体」として存在しているもの(being)としてではなく、絶えず「生成」されているもの(becoming)として捉えるということである。この視点の転換は、あちこちで新しいコミュニティが生まれては消えていく流動的な現代社会を理解するのに適していると思われる。
(2)ミクロからマクロまでの一貫した理論体系
ルーマンの社会システム理論の二つ目の魅力は、マクロ的(巨視的)な社会の成り立ちを、ミクロ的(微視的)な出来事であるコミュニケーションから説明していくという点である。社会科学においては、ともすると、主体とその相互作用を説明するミクロ理論と、社会全体の動向を説明するマクロ理論が別々に考えられ、後からそれらの接合が試みられるということが多い。しかし、ルーマンは社会のミクロレベルから始め、それがいかにして編み上がって全体社会が成り立つのかというマクロレベルの社会形成までも説明する。
ここでも、社会の要素が人(もしくは主体や行為)ではなく、コミュニケーションであるとする視点の転換が重要な役割を担っている。社会について考えるとき、主体や行為に関連づける限り、ミクロな主体のレベルから離れることができず、視点をスケールアップさせることはできない。主体や行為とは異なる社会的要素としてのコミュニケーションに着目することで、主体と社会の関係の問題を、社会(システム)とコミュニケーション(要素)の関係の問題へとシフトさせることができる。いわゆるミクロ−マクロ問題への新しい道を切り拓くことが期待できる。
(3)社会における物事の境界線へのこだわり
ルーマンの社会システム理論の三つ目の魅力は、社会における物事の境界線の引き方に徹底的にこだわっているという点である。ルーマンの社会システム理論は、「差異」の理論であるといわれるが、それは、物事の同一性を前提とするのではなく、差異(区別)がいかにして生まれるのか、という視点で捉えるためである。
例えば、社会システム理論では、社会システムとその環境の区別を強調する。社会の要素はコミュニケーションであり、それ以外のものは要素ではない。それゆえ、主体や人間は、社会の要素ではなく、環境側に位置するものだということになる。ルーマンは、それらは社会が存在するために必要不可欠ではあるが、社会の要素ではないと断言する。もちろん、区別されるからといって、それらが重要でないと言っているのではない。区別するということは切り捨てることではなく、区別されたもの同士の関係性を論ずるための準備・前提だということができる。このような区別(差異)への敏感さを経験すると、既存の視点・理論のあいまいさを見抜くことができるだろう。
以上のような魅力をもつシステム理論が、「機能分析」の方法と結びつくことで、現に今ある社会とは別の「あり方」の可能性を「発想」する手段として機能するようになっている。そのような壮大な理論的構築物を、社会学者ニクラス・ルーマンは作り上げたのである。ルーマンは、彼の生きた20世紀の近代社会を理解するために取り組んだのであるが、国家単位を超えたグローバルな状況のなかで新しい社会的秩序形成の動向が見られる21世紀の社会を理解するためにも、今後ますますルーマンの理論が重要になってくると思えてならない。
次回は、ルーマンの社会システム理論における社会の捉え方について概観することにしたい。
ニクラス・ルーマンの「社会システム理論」についての、井庭崇の理解・解釈にもとづく入門的解説。
Tuesday, November 3, 2009
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- Takashi Iba (井庭 崇)
- I'm studying what goes on in creative process as at MIT Center for Collective Intelligence and at Keio University, Japan.
1 comments:
楽しみにしていた『ルーマンの社会システム理論入門』、拝見できる喜びを今、噛み締めています。
私自身、興味があるのは、ルーマンシステム理論と教育関係です。先生のいう「コミュニケーション」で教育を考えた場合、生徒の主体性自律性が見えにくい部分があります。実際、授業の場面では、教師-生徒の関係性(コミュニケーション)で成立するものではありません。生徒相互の学びは1つの閉じた世界を構成し、教師の介在を許さないのであればそれを変えていくためにどう相互浸透の場面を作るのか、という教師側に立った、実際の場面でのコミュニケーションの理論分析が必要があります。また、成長過程で自己を内省し成長する場面を考えた場合、自己は自己閉鎖性によって教育システムの枠外に属することになりますから、その領域との親和性と生徒の自律的コミュニケーションを考える必要があります。ですから一重にミュニケーションといっても多様な場面が想定されますので、この鍵概念に関してはもう少し深慮する必要があると思っています。そういった教育システムとの関連性について私の中ではまだ整理がついていないのが実際です。ですから、先生の論考を拝見しながら、じっくり考えてみたいと思っています。続きを楽しみにしています。
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